海外語学研修ロシア語C体験レポート
人文・文化学群人文学類 高橋 蓮
1. 研修参加の動機
私がこの研修に参加した動機は3つある。まず、私は中国史専攻であり以前から遊牧民と遊牧が成立していた中央アジアに関心があった。そのため1つ目の目的は中央アジアのカザフスタンの環境を体験することである。実際に体験してみることでより深く中央アジアの環境を想像できると考えたためである。2つ目の目的はロシア語の運用能力の向上である。3つ目の目的はカザフスタンにおけるロシア語とカザフ語の2言語併用社会を体験することである。カザフスタンはソビエト連邦の構成国であったためロシア語が公用語とされている。しかし、カザフスタンは独立語カザフ語が国家語となり現在はロシア語とカザフ語が併用されている。このように、カザフスタンの環境、言語、そして自身の語学能力の向上が研修参加の動機である。
2. 語学研修を通じた具体的経験と考察
2.1 カザフスタン共和国の言語環境についての考察
カザフスタン共和国の年配の人々には英語が全く通じない。私も街中で困ったとき私のロシア語は未熟なため英語に頼りたいと思ったことがあったがそれはできなかった。これはソビエト連邦時代にロシア語がソ連圏の公用語として用いられていたため英語を学ぶ必要が無かったためだろう。そのため、カザフスタン共和国で生活するには必ずロシア語かカザフ語を身につける必要がある。そしてこのことは、ソビエト連邦時代の影響がカザフスタン共和国の言語環境に未だ残存していることを意味している。
このことに関連して現在のカザフスタン共和国ではロシア語とカザフ語、さらに英語までも学校教育で教える必要に迫られている。この内ロシア語とカザフ語は英語のように外国語ではなく母語として学ばなければならない。しかし、実際にカザフ語を学んでみるとロシア語とカザフ語の文法構造、単語は全く異なるものであると実感できた。例えば、カザフ語にはロシア語にはない母音調和の規則がある。このように全く異なる言語を2つとも習得するように求められることは、素朴な感想だがとても大変だろう。実際、カザフ国立大学のサマル先生から若年者にはロシア語もカザフ語も不十分な者がいるという話を聞いた。具体的には、例えばロシア語の格変化が流暢に出てこない者が多いと言う。おそらく、両言語の単語を覚えることはできても言語形態の違いから文法的規則が十分に習得できないという者がいるということだろう。しかし、ソ連崩壊後ロシア語が公用語から外れている中央アジアの国も珍しくない。そのため、カザフスタン共和国においてロシア語とカザフ語を併用し続けることはデメリットが大きく今後、ロシア語の国際的地位の低下に合わせてカザフ語のみを使用するようになると予測できるだろう。しかし、その場合カザフスタンに居住するロシア系住民の行方が問題となる。特に北カザフスタンはロシア系住民が多く居住しており、もしロシア語が公用語から外されることになれば、北カザフスタンの分離運動が発生する危険性がある。おそらく、カザフスタン共和国政府はこの事態を恐れ、ロシア語を公用語としているのだろう。
また、カザフスタンはロシア語とカザフ語が併用されロシア語で話している中でカザフ語の語彙が出てくるコードスイッチング社会ということを聞いた。私もロシア語とカザフ語ではないがロシア語と英語でこのことを体験した。例えば、授業クラスの中国人と話すとき英語を使うのだがязык, утром,да,нет など普段から使い慣れているロシア語の単語が自然に出てくるようになった。このことからロシア語で話している中でカザフ語の語彙が出てくるような現象は、普段はカザフ語を使い慣れている話者がロシア語で話そうとするときに起こる現象だと推定できる。そして、このような現象が日常的に起こるということはカザフスタン共和国においてカザフ語とロシア語がどちらも重要視されている証拠であろう。
2.2 カザフスタン共和国の自然環境と宗教に関する考察
カザフスタンの環境を実際に体験してみて日本とは比べられないほど寒くまた乾燥しているということを実感した。都市化の進行以前にこの寒く乾燥した環境で生き残るために遊牧という生業が合理的なものだと改めて認識した。そして、遊牧民が冬に勢力を後退させてきた気候的要因についてカザフスタンでの生活を通じて体験できたことは良いことだった。以前、中国史概説でゾドという現象を習った。これは急激な寒冷化によって遊牧民の家畜が大量死する現象である。実際にカザフスタンのマイナス20度の環境を体験してみて家畜や人が大量死するイメージが容易にできたことはよいことだった。
また、フィールドトリップに行った際にアルマトイ郊外の広大な草原地帯を見学でき、実際に馬や羊の群れを見て、広大な草原に馬が放牧されていることに驚いた。冬季では草は生えていなかったが夏季には草が生い茂り広大な草原となっているのだろう。特別授業でサマル先生から遊牧民の部族は50個ほどの家族でまとまって動くと学んだ。最初は広大な草原を見て遊牧民がなぜ草を求めて移動する必要があるか疑問だったが、部族の単位が大きいため多くの草が必要だったのだと納得した。また、水を求めることも移動の理由だったと予測できる。
図 1.アルマトイ郊外の草原
また、カザフスタンのような乾燥地帯では川などの水が得られる場所や木に神が宿ると考えられるようである。イスラーム以前のカザフスタンにはシャマンと呼ばれる伝統信仰があり現在もイスラームと共存している。例えば、シャマンには丸いパンを食べるなどの習慣がある。カザフスタンのイスラームは厳格ではないと聞いたが、これにはカザフスタン固有の信仰が残っていることが関係しているだろう。
2.3カザフスタンの文化と異文化理解に関する考察
国際婦人デーでは私もホームステイ先の家族に花を送った。国際婦人デーは旧ソ連圏を中心に祝日となっておりカザフスタンでも3月8日は祝日だった。この日は朝早く起きるホストマザーが昼まで寝ていて、それに合わせるように他の家族も遅く起きてきた。これは女性に休んでもらうことと女性への感謝を伝えるという目的があるのだろう。女性に休んでもらうという文化はロシア革命時の婦人労働者のデモと関係していると考えられ、時がたつにつれて女性への感謝を伝える日となったのだろう。女性に感謝を伝えるという日は日本にはないがこのような日があるとよいと思った。
また、カザフスタンは見知らぬ人への気づかいが大切な国だと学んだ。例えば、バスではお年寄りに進んで席を譲る、混雑時に他の人のICカードをタッチしてあげるなどである。日本では目の前にお年寄りがいても席を譲らないことは珍しくないなど個人的な気配りに積極的ではないため、最初は日本との文化の違いに戸惑っていたが、周りの見様見真似をしていくうちに周りに気を配った行動ができるようになった。さらに自分がするだけではなくICカードを渡してタッチしてもうということも行った。このことからカザフスタンの異文化理解を通じて日本が個人間な気配りに積極的ではない文化を持っているということを発見した。つまり異文化理解の1つの目的は自分の文化の特徴を明らかにすることであると実感した。
2.4自分のロシア語運用能力の向上について
研修を通じて緊急時でもロシア語を用いなければならないことが大変だった。日本でロシア語を学んでいるのは日常的に使用するためではない。しかし、こちらでは緊急時でもロシア語を話さなければならずその切迫度は全く話が違う。私は風邪を引いたが気分の悪い中症状をロシア語で話すことはとても大変だった。しかし、この経験のおかげで翻訳機を使いながらも調子が良くなくてもロシア語を使えるようになった。
音のリスニング能力と授業を通じて前置詞と格変化の感覚を実践しつつ学んだため、聞き取りと文法能力は向上したと思う。特に授業で習った表現をホームステイの家族に話すようにして試したことによって学んだことをすぐに実践でき、ロシア語の運用能力の向上に役立ったと思う。しかし、私はロシア語の単語の暗記が不十分だったため音を聞き取ってもコミュニケーションを取れなかったことは今後の改善点である。
3.体験を振り返って
今回の語学研修は当初ロシア語の運用能力の向上とカザフスタンの自然環境を探求するためという目的であったが、上記2の通りそれに留まらず現地の人々を接することでより身近な文化を体験することができた。また、現地の状況からカザフスタンの置かれている国際関係についても考えをまとめることができた。これは、インターネットや本などで得られる情報にはない利点で、私自身文化の体験の重要性を実感したので次年度以降にこのプログラムに参加する方には、この点を利点として強調したい。しかし、ロシア語の単語を覚えておくことでよりスムーズなコミュニケーションができるため、参加する方にはロシア語の勉強を怠らないようにすることを注意してもらいたい。
4.まとめ
研修を通じてカザフスタンの環境でロシア語を用いたことで日常生活でのロシア語能力の向上はかなりできたと言えるだろう。特に前置詞の扱いに慣れたため多くの付加情報を表現できるようになった。また、カザフスタンの環境を体験したことで中央アジアの環境をより深く想像できるようになった。しかし、カザフ語を学ぶことはあまりできなかったためロシア語とカザフ語のスイッチングを体験することはできなかった。