研修報告
人文・文化学群人文学類4年 池添里彩
1. 研修参加の動機について
私が今回の研修に参加したのは、考えたことを即座にロシア語で話すことに未だに苦手意識があり、研修を通して話すことに対する苦手を克服したいと思ったからである。話すことに苦手意識があることは、以前、私のロシア語の先生であるナターリア先生にも話したことがあり、先生からはとにかくロシア語を話す機会を多く経験すること、独り言もロシア語になるほどロシア語で話す習慣をつけることが大切であるというアドバイスをいただいた。研修では平日は毎日ロシア語の授業があり、授業以外にも現地学生との交流も多いことから、自分が感じている苦手意識を克服するきっかけとしたいと考えたのが、研修への参加を決めた主な動機である。具体的には、的確に格変化させながら現地人と同じナチュラルスピードで会話ができるようになることが目標であり、多くの会話の場面を経験し、授業や現地学生との交流を通してロシア語で話す習慣を身につけることで、目標達成に近づけるのではないかと考えた。また、研修の場所がカザフスタンであるという点も私にとっては重要である。卒業論文のテーマがカザフスタンに関わるものであること、将来的にはカザフ語とロシア語の能力を活かす仕事に就きたいと考えていることから、ロシア語とカザフ語で論文を読む力や、両言語を仕事で使えるレベルまで伸ばすことが必要となってくる。カザフ語とロシア語の2言語の運用能力を鍛えられるのはやはりカザフスタンでの滞在であり、迷いなく研修に参加しようと考えた大きな理由の一つであった。
2. カザフスタン共和国についての考察
私たちが研修に参加する2月23日から3月21日までの間には、ラマダンや国際女性デー、ナウルーズといった日本にはないお祝い事やイベントがあり、研修を通して現地ならではのお祝いの風習や文化に多く触れることができた。その中でも3月1日から始まったラマダンをホストファミリーに混じって帰国の日まで行ったことは、今回の研修で忘れられない思い出となった。私が今回の研修を通して感じたのは、カザフ人が非常に行事や祝日を大事にしているということである。例えば、3月8日の国際女性デーにちなんでカザフスタンでは8日、9日、10日が3連休となっており、ラマダンが重なっていることもあって、ステイ先では3日間毎晩のように親族で集まり、盛大に夕食会をするということを行っていた。8日は私のステイ先でお祝いをし、9日はホストマザーの妹さんのお宅、10日はカザフ料理のレストランといったように、場所を変え、子どもも含めて15人ほどの親族が毎晩のように集まり、一緒に食事をするというのは非常に印象的であった。また、ホストマザーと私の共通の知り合いの家に夕食会に行った時のことも非常に印象に残っている。この日は行った先のご家庭の息子さん夫婦の娘さんの6歳の誕生日、また別の息子さん夫婦の娘さんの生後5日の儀式、来るナウルーズの前夜祭、ラマダン明けの夕食会が重なり、大きな郊外の一軒家に40人近くが集まる盛大なホームパーティーであった。パーティーでは一通りの食事が落ち着くと、奥に座っている年配の方から順にお祝いの言葉を述べる時間があり、私もつたないカザフ語で精一杯のお祝いの言葉を述べた。大きなパーティーにおいて参加者全員が順番にお祝いの言葉を述べるというのは日本にはない習慣であり、行事やお祝い事を大事にするというカザフ人の精神が窺えた。また、ホームパーティーにおいて、参加者のほとんどは主催者の親族であり、先に述べた国際女性デー3連休の夕食会の例と比較しても分かるように、行事やお祝い事は親族皆で集まって盛大に祝うべきものとして考えられていると言えそうである。私自身、兄弟のいない3人家族であり、正月であっても父方や母方の親族と会うことは滅多にないため、親族で集まって盛大に行事を祝う様子は非常に華やかで羨ましく思えた。
カザフ人の行事や祝日に対する関心の高さは、休日にはならない小さな祝日からも感じ取ることができた。カザフスタンでは「祝日」といっても仕事や学校などが休みになる祝日とそうでない祝日がある。3月14日の「絆の日」(Көрісу күні)や、3月18日の「民族衣装の日」(Ұлттық киім күні)などが休みにはならない小さな祝日の例である。例えば、「絆の日」には、その日の象徴である親しい人とハグをする行為を撮った動画が様々な教育機関や有名人、個人のインスタグラムにお祝いの言葉とともに投稿されていた。また、それぞれのメディアのSNSでも「今日は絆の日です!みんなで祝いましょう!」といった内容の投稿がイメージ動画やイラストとともに流れてくる。
私がカザフスタンと日本での行事や祝日に対する関心の高さの違いに気づいたのは、とある日のロシア語の授業がきっかけである。その日の授業では、カザフスタンと日本の行事や祝日がテーマになっていた。私たち日本人学生が日本の行事や祝日について紹介する際に最初に挙がったのは正月、クリスマス、ハロウィンであり、それから節分やひな祭り、子どもの日などが挙げられた。そして、私たちの授業を担当してくれていた先生が日本語学科の先生であったこともあり、他の休日についても是非紹介してほしいと言われた時のことである。先生は「海の日」や「山の日」といった自然に感謝する祝日はカザフスタンにはなく、日本らしさを感じるものだとおっしゃっていたが、「どのように祝われているのですか?」「その日には何か特別なことをしますか?」と聞かれた際に誰も答えることができなかった。確かに考えてみても、テレビ情報番組の一コーナーで話題として取り上げられるだけで、実際にその日を感謝しながら過ごしている人はどれくらいいるだろうか。海の日や山の日に限らず、少なくとも私は祝日を「仕事や学業から解放されて休める日」とただ捉えていたことに気づかされ、恥ずかしさを覚えた。研修中のあらゆる祝日を通して、カザフの人々が行事や祝日を非常に大事にしていることが分かったと同時に、日本における自らの行事や祝日への関心の低さを痛感したのである。



3. 語学研修に参加する前後での自己変化についての分析
今回の語学研修を通して、自分の考えや行動の面で変化が見られたと感じる点は主に二つである。一つめは、家族や自分の国の行事、文化をより大切にしようと思うようになったことである。本報告書の2章でも述べたが、ホームステイの経験などを通してカザフ人が行事や祝日を非常に大事にしている様子を間近で見たことで、自分自身の日本での行事や文化への関心の低さを実感した。今回のような研修へ参加することは、もちろん行った先の国の文化や社会に触れる重要な機会であるが、同時に自分が日本人であることを強く自覚し、普段日本の文化や社会とどのように関わって過ごしているのかを考えさせられる機会ともなり得る。研修中、カザフ人が家族で行事や祝日を盛大に祝う場面に多く触れたが、行事や祝日を通して家族や親族の仲を深めているようにも見え、非常に素敵な習慣であると感じた。カザフスタンで目にした家族や親族で集まって盛大に行事や祝日を祝う習慣を日本の自分の家族にも取り入れるべきだとまでは考えていないが、帰国後は家族を大事にすること、日本の行事や文化、祝日により関心を持つことを心掛けたいと思った。
考えや行動の面で変化が見られたと感じる点の二つめは、日本でよりカザフスタンについて多くの人に知ってもらいたいとこれまでよりも強く思うようになったことである。きっかけは、私たち筑波大生8人がゲストとして訪れ、プレゼンテーションを行ったカザフスタン日本センターでの生徒さんとの交流と、私が個人的に訪れたおじいちゃんおばあちゃんを対象としたボランティアの日本語教室での交流である。まず、日本センターでのエピソードから説明したい。今回の研修では日本センターにおいて、日本語を学んでいる学生さん向けに簡単な日本語で「日本の大学生活」と「日本における外国語学習」という2つのテーマで班に分かれてプレゼンテーションを行った。その後生徒さんたちとフリートークをする時間があり、交流を深めることができたが、「生徒さん」といっても年齢やバックグラウンドは様々である。中学生や高校生で日本語を学んでいる子もいれば、沖縄旅行をすることを目的に日本語を学び始めた年配の医師のご夫妻もいた。親の仕事の関係で以前日本に少し住んでいたが、日本語に興味を持ち、帰国してから本格的に学び始めた高校生の女の子や、ITが専門でいつか日本で留学することが目標の大学生の男の子など、同じく日本語を学んでいても、カザフ国立大の日本語学科の学生さんたちとはまた違った集団である。日本語を学び始めたきっかけや日本語を通じて成し遂げたい目標は生徒さんごとに様々であり、本業や専門がありながらも週に2回日本語を学びに来ていることを日本人として本当に嬉しく思った。日本において、カザフスタンはあまりよく知られていない国であると個人の経験として感じているが、遠く離れたカザフスタンにおいて、年齢やバックグラウンドの異なる人々が日本や日本語に興味を持ち、日本語を一生懸命勉強しているという事実を多くの日本人に知ってほしいと強く思ったのである。次に、ボランティアの日本語教室でのエピソードであるが、市が年金生活者のために無料で開いている講座のうちの一つであり、私の知り合いの日本人女性が日本語教師として教えているため、今回訪れることとなった。しかし、初めて訪れた訳ではなく、2023年度に1年間アルマトイに留学していた際にも帰国間際の3月に一度訪れており、今回はおよそ1年ぶりの2回目の訪問となった。もう教室を辞めてしまったおばあちゃんもいたが、残っているおばあちゃんたちもいて、新しいメンバーも少し増えていた。皆私が来るのを楽しみに待っていたそうである。ボランティアの日本語教室は週1回1時間であり、学校や大学が休みに入る期間には同じく休みになるため、成果を求めるというよりかは、趣味としてコツコツ楽しく続けていくことを目的とした教室である。今回は1時間の授業のうち前半は授業を参観し、後半は私が日本語やカザフ語でソロで歌ったり、おばあちゃん、おじいちゃんも含めて皆で伝統歌謡の「さくら」を歌ったりした。普段の授業でも「カチューシャ」や「百万本のバラ」、「恋のバカンス」など、ロシア語でも存在する歌の日本語版を皆で歌うと非常に盛り上がるそうである。日本から遠く離れた地、カザフスタンでおじいちゃんおばあちゃんたちが趣味で日本語を勉強していることを日本に住む日本人たちは想像できるだろうか。授業の後、一人のおばあちゃんが数十年前に日本の人と話す機会があった際に、日本人にとってカザフスタンの知名度が非常に低く、「スタン」という名前がついていることで危険地帯に間違われたというエピソードを話してくれた。「今は日本でのカザフスタンの知名度はどうか」と聞かれたため、おそらく当時に比べてカザフスタンのことを知る人は増えたと思うが、留学でカザフスタンに行くことを伝えると、カザフスタンを危険地帯だと勘違いする人は未だに多いことを話した。「やはり今でもそうなのね」と少し残念そうな表情を浮かべていたのが非常に印象に残っている。
日本センターでの生徒さんとの交流を通して、また、日本語教室でのおじいちゃんおばあちゃんとの交流を通して、日本でより多くの人にカザフスタンを知ってもらうために、私には何ができるだろうかということを本気で考えるようになった。私は現在、筑波大学のロシア語サークル「カリンカ」の代表兼マネージャーを務めているが、2025年度は中央アジアの学生も多く呼び込み、ロシア語を学ぶ日本人学生と中央アジアも含めたロシア語圏の学生が広く交流できるサークルにすることが目標である。また、普段の教室でのサークル活動だけでなく、カリンカが主体となって一緒に料理をしたり、行事を祝ったりといったイベントを多く開催することも目標の一つとなった。今回の研修は私のこれまでの考えに変化をもたらしてくれただけでなく、大きな目標を見つけることができた自分自身のこれからにとって非常に重要な研修になったのである。

