海外ロシア語研修C体験記

 藁谷そら

1. 研修の概要

1.1 参加の動機

筆者は,2023年度に本学3年次編入し,第二外国語としてロシア語を選択した.ロシア語を学んでいくうちにその能力を向上させたいと考えた.ロシア語だけに集中することのできる環境に自分の身を置くことにより効率よく語学能力を向上させることができると考えたため,本研修に参加することを決めた.

1.2 研修内容とその成果

2024年2月16日~3月23日の35日間,筆者はロシア語・カザフ語短期語学研修に参加した.カザフスタンのアルマトイ市にあるカザフ国立大学東洋学部・準備学部が受け入れ先として参加者たちを迎えてくれた.

本研修では,ロシア語,カザフ語,カザフスタンの歴史についての授業があった.そのほかに,カザフスタン滞在中には,ホストファミリーやカザフ国立大学東洋学部の学生との交流,現地での観光,現地の祝日・国際女性デーの体験等を通して異文化への理解を深めた.

2. 授業内容について

表1時間割の例

大学では,ロシア語,カザフ語,カザフスタンの歴史についての授業を受けた.ロシア語の授業は文法の授業と会話の授業に分かれていた.

筆者が最初に参加したとき,授業では関係代名詞について授業を行っていた.しかし,筆者のロシア語のレベルは,キリル文字が読める,名詞の文法性が分かる,不定動詞の人称変化形が分かる程度のものであった.自分よりはるかに高いレベルの授業を受けなければならなかったために苦労した.授業内容の理解を深めるために自習を行い,その結果,名詞のそれぞれの格の役割を理解することができるようになった.

授業は週に6日あり,くわしい日程については表1を参照されたい.

3. 異文化体験

・ゼンコフ教会

ゼンコフ・ロシア正教会はアルマティ中心のパンフィロフ戦士公園の中にある教会である.1904年に釘一本も使わないで建設された木造建設の教会であり,建設には耐震の技術が取り入れられた.1907年に献堂された.1911年にアルマティで起こった大地震で倒れなかったことにより世界的に有名になった.宗教活動が禁止されていたソ連の共産党時代に略奪され,一回閉鎖されたがそのあと,博物館として利用され,1995年に再び教会として再開された.ゼンコフ教会の中は豪華で,ロシア正教会らしく多くのイコンが設置されていた.

写真1 ゼンコフ教会

・アルマティ地下鉄

写真3 Абай駅の内装
写真2 Алмалы駅の内装

地下鉄の建設はまだカザフスタンがソ連の一部であった1988年に開始された.各駅とも,旧ソ連の伝統的なスタイルのデザインとなっている.アルマティ胃の地下鉄で特徴的なのは,その駅名にちなんだ凝った内装が施されていることである.例えば,Алмалы駅はリンゴがモチーフの内装となっている.また,Абай駅ではカザフスタンの哲学者の肖像が利用者を迎えてくれる.ぜひ,日本の建築物とアルマティの建築物との違いを感じながらまちを歩いてほしい.

・中央バザール

写真4 中央バザールの様子

市民の台所であるバザール内では野菜・果物など生鮮食料品から雑貨まで多種多様な物が売られていた.日本では見かけることのないスパイスやお茶等が印象に残っている.アルマティの方々の生活を垣間見ることができ,買い物をしなくても楽しいスポットである.バザールで買い物をする際はぼったくりに気を付けてほしい.筆者が買い物をした店ではなかったが,バザールでは交渉を前提とした値段を吹っかけてくるときがあるため,相場より高い値段で物品を買うことになるかもしれない.

 

 

写真5 TRAYでの食事

・食事

TARYはカザフスタンの料理を提供するカフェである(写真5).地下鉄で知り合った現地の方に教えてもらい,その方と一緒に食事した.カザフスタンの方は気さくに話しかけてくれるので,思わぬところで新たな友達ができるかもしれない.カザフスタンにはジョージア料理のチェーン店がある.ジョージア料理は日本人の口に合いやすいと言われており,もし,カザフスタンの料理に飽きたら一度食べてみることをお勧めする.

写真6 Дареджаниでの食事

4. むすびにかえて

語学研修は,金銭的な問題,新たな土地での生活など様々な課題があり気軽にお勧めできるものではない.しかし,参加することが決まったのなら,NipCAオフィスの方々,現地の先生たちが手厚いサポートをしてくださる.語学研修の費用を一部負担する奨学金などがあるので,語学研修のハードルは思ったより低いのかもしれない.様々な問題を考慮し,参加するか否かを決めてほしい.

もし参加することを決めたのなら,日本と研修先とを比較することを習慣としてほしい.どこが同じでどこが違うのか,どこが似通っているのか,現地で感じた違和感,日本に帰ってきてから感じた違和感,そのような感覚をたいせつにしてほしい.