留学体験記
国際総合学類2年 山本貴世
私は今回、キルギス共和国日本人材開発センター(キルギス日本センター:KRJC)主催の「2024年 夏季 カザフスタン・キルギス共和国合同中央アジアシルクロード探求の旅~悠久の天山山脈のもとで学ぶ観光学と国際協力・国際ボランティア~」に参加しました。初開催のプログラムで、カザフスタンとキルギスに合わせて計14日間の滞在です。
このプログラムはロシア語の授業で紹介されました。私は国際総合学類生で、東欧の旧ソ連諸国を中心としたヨーロッパ政治に興味があります。カザフスタンとキルギスもかつてはソ連の一部で、崩壊と共に独立した国です。同じ旧ソ連諸国であっても、中央アジアの視点だとまた違ったものが見えてくるのではないか。そういった期待に加え、普段中々行かないであろう中央アジアという未知の領域で社会や文化、国際協力の現場を目撃してみたい、という気持ちから参加を決めました。
両国とも公用語はロシア語ですが、現地語としてカザフ語とキルギス語があります。私はロシア語を学び始めて4か月余りでの参加だったため、言語能力に不安がありました。しかし、研修中は常に日本語が堪能なKRJC職員の方々が帯同し、現地の方の話を日本語に訳してくださいました。この研修の目的は中央アジアにおける国際協力や観光、社会・文化への理解を深めることです。言語面での懸念が少ない分、それらの探求に集中することができました。心配事や体調不良といった問題を気軽に相談することができるという点でも、KRJCによるサポートは非常に心強かったです。一部の講義や現地学生とのコミュニケーションに英語を用いることはありましたが、ロシア語・現地語は最低限の挨拶や基本的なフレーズを覚えていれば問題なく過ごすことができました。(写真 1)
カザフスタンで3日間過ごした後、陸路でキルギスへの国境を越えました。そこからは首都ビシュケクを拠点としての活動です。都会的な印象のカザフスタン・アルマトイと比較すると、ビシュケクの街並みは鮮やかな自然が多い印象です。街中には洋風な住宅やバザール(写真 2)、イスラーム教のモスク、キリスト教正教会の教会があるなど、様々な文化が融合していることが見て取れます。また、旧ソ連時代に建てられたであろう整然としたビルや集合住宅もよく目に入りました。一方でそれらは老朽化がかなり進んでいるらしく、廃れたまま放置されているものや、取り壊し中のものがありました。(写真 3)
キルギスで味わった食事についても紹介します。キルギスの伝統料理は日本人の口にも合いやすい、シンプルな味付けのものが多くありました。例えば、一口サイズの揚げパン「борсок(ボルソック)」(写真4)はつい手を伸ばしてしまうような癖になる美味しさです。キルギス名産の蜂蜜やジャム、ヨーグルトソースを付けるとスイーツのような感覚で食べられます。客人に振舞う家庭料理として定番で、前菜よりも前に出されることが多いのだそうです。また、うどんのような見た目の「лагман(ラグマン)」(写真5)は、モチモチとした太めの手打ち麺にトマトベースの具沢山なソースをたっぷりかけた料理。みんな美味しいと舌鼓を打っていました。
研修の終盤には首都を離れて地方のイシク・クル州方面へ向かいました。目玉は何といってもイシク・クル湖。琵琶湖の9倍の面積と世界第2位の透明度を持つ、キルギス随一のリゾート地です。クルーズツアーで青い湖と壮大な天山山脈を視界いっぱいに楽しむ贅沢な時間を過ごしました(写真 6)。ソ連時代には外国人の立ち入りが禁止され、政府からの推薦を得た一部の人にのみ許された療養地だったとのことですが、納得の美しさです。他にもキルギス遊牧民の伝統的な住居である「юрта(ユルタ)」の制作・宿泊体験などを行い、都市部とはまた違った空気を味わうことができたと思います。
2週間にわたってカザフスタン・キルギスの各所を回り、沢山のものを見聞きし体験してきました。その中で得られた気付きや学びが大きく分けて3つあります。
まず、ヨーロッパとは異なるロシア観があるということです。現在多くのヨーロッパの国が反ロシア姿勢を示す一方で、中央アジア諸国はロシアに対し、かつて同じ国だった兄弟であるという認識を持っています。2022年から始まったウクライナ侵攻にも一貫して中立の姿勢を保ち続けているのです。貿易でも主要な取引相手であり、中央アジアにとってロシアは欠かせない存在であることは間違いありません。研修参加前の目測通り、似た境遇を持っていても政治思考や国民感情は大きく異なることが分かりました。もちろん一つの意見ではありますが、「ロシアとの関係維持が大切」という現地の方の生の声を聴けたことは貴重な経験になったと思います。
第二に国際協力の重要性と異文化交流の楽しさについてです。今回の研修では、国際協力機構(JICA)のキルギス拠点や、キルギス国内でボランティア活動を行っている赤新月社など組織を訪ね、その活動について話を伺いました。特にJICAが行っている一村一品(OVOP=One Village One Product)プロジェクトは印象的です。OVOPプロジェクトは、農村部の特産品を高い品質の付加価値をもった商品にすることで地域経済の活性化を目指す事業。蜂蜜やフェルト、スーパーフードであるシーバクソンの製品が実際に製造されています。これらの製品はビシュケクのOVOPセンター(写真 7)で販売されており、私もお土産としていくつか購入しました。このような取り組みが行われていることは知らなかったため、JICAあるいは日本が途上国に対して行っている地域振興の大きさとその着眼点の鋭さに驚きました。また、滞在中には現地の学生と交流し、孤児院でボランティア活動も行いました。身振り手振りで何とかコミュニケーションを取るような感じでしたが、とても楽しかったです。今まで外国人との交流は言語の壁を恐れて避けていましたが、言葉は通じなくても表情や心で伝わるものがあるのだと気付くことができました。筑波大でも留学生との交流イベントなどが頻繁に開催されています。今後は一歩踏み出して参加してみたい、と思えるようになりました。
そして観光業で未発達な部分が多いことも気付きの一つとして挙げられます。中国、カザフスタン、キルギスに点在するシルクロード関連遺跡は、2014年に「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」の名前でユネスコ世界遺産に登録されました。今回の研修では、アクベシム遺跡(写真 7)やバラサグン遺跡、ブラナの塔(写真 8)へ実際に訪れました。そこでまず気付いたのが観光客の少なさ。特にアクベシム遺跡には私達以外の観光客はおらず、案内係の方が一人待っているのみでした。アクベシム遺跡は6~7世紀に栄えていたとされ、ゾロアスター教・キリスト教・仏教それぞれの教会から多様な宗教様相が確認できる貴重な遺跡です。中国の詩人である李白が生まれた土地ともされています。しかしながら観光地としての整備は進んでおらず、明確な観光ルートもなければ遺跡を保全する柵などもありません。誰でも容易に遺跡内部に足を踏み入れ、古い瓦といった発掘物にも触れられる状況です。先述したJICAがキルギス政府と協力して観光地化を進めている最中ではありますが、交通手段が車しかない上に道中も整備されていないため、まだまだ長い時間を要するでしょう。現在、キルギス政府は観光業の促進に力を入れているという話を聞きました。しかし集客を求めるばかりで、環境破壊やオーバーツーリズムといった問題についてはほとんど考えられていません。日本のJICAを筆頭に、政府や地域住民と共同して観光振興と環境保全の両立を進めていく必要があると感じました。
最後に、私はこの研修に参加できて本当に良かったと思っています。日本にいるだけでは決して得られない体験と気付きが沢山ありました。何より、サポートしてくださったKRJCの方々はもちろん、一緒に参加した他の学生たちとの交流はかけがえのない宝物です。来年度以降も同じ研修が開催されるようでしたら、是非参加することをおすすめします。雄大な中央アジアの地で、言語の壁を越えた素晴らしい経験ができるはずです。