カザフスタン医療視察研修を終えて

医学群医学類2年 椙本遥希

私は海外の政治や経済、文化に興味がありましたが、大学生になるまで一度も海外に行ったことがありませんでした。また、私は筑波大学医学群医学類に茨城県の地域枠で合格しており、卒業後9年間は茨城県を離れて医学研修をすることが難しくなっています。そこで大学生の間にできるだけ多くの国に訪問して、各国の経済や文化、そして医療について学んでいきたいと考えていました。そんな中、この海外医療視察研修に参加する機会をいただき、大変貴重な経験をすることができました。本稿では、この研修を通して私が感じたことや学んだことについて述べさせていただきます。

この研修に参加するにあたり、特に私の興味を引いたのは、訪問先がカザフスタンであるという点でした。カザフスタンはかつてソビエト社会主義連邦の一部であり、現在は資本主義経済を採用している国です。また、イスラム教徒が多い国でもあります。社会主義から資本主義へと移行した国の医療制度や社会構造を直接目の当たりにすることで、日本とは異なる社会で暮らす人々の価値観や生活様式について深く考える機会となりました。Asfendiyarovカザフ国立医科大学に訪問した際、現地の学生と交流する機会がありました。親しくなった友人が、アルマトイの中心部にある「アバイストリート」と呼ばれる通りを一緒に案内してくれました。この通りの起点部には銅像があり、そこから右側にはソビエト時代の建築物が立ち並んでいました。友人は、「この建物を見ると気分が沈む」と話していました。この言葉は、社会主義の失敗によって人々がやる気を失っていた時代を感じさせるものであり、ソビエト時代の社会的背景が今も建築物の雰囲気に色濃く残っていることを実感しました。

また、イスラム教の礼拝堂であるモスクにも訪れることができました。モスクでは多くの人々が祈りをささげており、その様子を目のあたりにしました。特に驚いたのは、祈りの場でありながら、人々が和やかに会話を交わしたり、子供たちが遊んでいたりする光景でした。モスクは厳正な場所というイメージを持っていましたが、実際には人々が集い、憩いの場としても機能していることを知り、新たな視点を得ることができました。日本では無宗教の人が多く、宗教が日常生活に根づいている社会を身近に感じることは少ないですが、カザフスタンでは宗教が人々の生活の一部として深く根付いていることを強く実感しました 。

さらに、カザフスタンでしか味わえない中央アジアの料理を堪能する機会にも恵まれました。特に印象に残ったのは、馬肉を使ったカザフスタン料理の「ベシュバルマク」と、同じく馬肉を使用したウズベク料理「プロフ」です。どちらも馬肉のソーセージが添えられており、その独特の味わいがとても美味しかったです。聞いたところによると、季節によって住みやすい地域に移動していた中央アジアの人々にとって、馬は交通手段でもあり食料でもある特別な生き物であるとのことでした。異文化の食文化に触れることで、その国の歴史や生活様式をより深く理解することができました。

 

 

 

 

 

医療視察では、カザフスタンの医療水準が私の想像以上に進歩していることを実感しました。視察した大規模な病院にはCTスキャンや超音波検査の機器が完備されており、手術室も比較的最新の設備が整えられていました。心臓移植手術も年間に数回行われていると聞き、医療技術の向上を目のあたりにしました。

また、カザフスタンの医療教育の現場では、日本との大きな違いを感じました。特に印象的だったのは、シミュレーション機器を使用した診察や手技の練習が、比較的低学年の段階から行われていることです。Asfendiyarov大学やナザルバエフ大学では、シミュレーション機材が備えられており、学生が自由に使用できる環境が整っていました。一方で、日本では3年生まで座学が中心であり、このような機械を使って練習できる機会は限られています。このような教育現場の違いを知り、シミュレーション機器を活用することで学習意識を高め、臨床現場で即戦力となる医師を育成できると感じました。

カザフスタンの医学生との発表会では、日本とカザフスタンの医療について意見を交換することができました。カザフスタンの医療について調べてみると、近年医療水準が上がってきているとはいえ日本と比べて低くなっているとのことでした。また都市部と地方での差があることや医師による技術の差があることが書かれていました。そこで私は、日本の地域医療の問題点とその解決策について発表しました。発表を経て、カザフスタンの学生と地域医療について意見交換をすることができました。事前に調べた通り、カザフスタンでは都市部と地方での医療格差が問題になっているとのことでした。また、これに対する解決策として大学の学費が無料である代わりに3年間カザフスタンの地域医療に従事するという奨学金制度があるとのことでした。私の9年間という期間には驚いていましたが、カザフスタンでも地域医療格差が大きくなっていることは問題となっており、今もその解決策について議論されているとのことでした。カザフスタンの学生の発表からも多くのことを知り、日本と比較しながら議論することができました。特に私が興味深かったのは、カザフスタンの医療保険制度である「MSHI」についての発表でした。この制度により、医療サービスを無料、または低額で受けることができます。日本でも国民皆保険という制度がありますが高齢化社会の影響もあり、予算が大きくなりすぎているという問題があります。カザフスタンでは、このような問題をどのように解決しているのか質問したところ、施設を整えるためのお金はかかるが、医療サービスを提供するのにお金はかからないためこのような制度を実現することができると言っていました。これは、素晴らしい制度のように思えますが、その背景には医療従事者の給料が低いという問題が隠れていました。他にもカザフスタンでは汚職が多く、保険料を払っていたとしても、お金を預けた職員に横領されているため、保険を適用できない等の問題が多くあるとも言っていました。このような問題は、まだ制度が始まったばかりであり、今後の解決が期待されている段階にあるとのことでした。

また、英語でのスライド発表を通して、私自身も大きく成長できたと思っています。公式的な場で、更に英語で発表することは人生で初めての経験でした。スライド作成では、引率の小林先生にたくさんのご指摘をいただき、改良に改良を重ねました。その中で私は、相手に分かりやすくかつ興味をもってもらえるような発表をすることの難しさを知りました。図表と文字のバランスや、聞く人のレベルに合わせた話の展開、内容の編成など、気を付けることがたくさんありました。また、一度発表してみることでさらに改善点が見つかり、話のキーポイントの強調や、文字の太さの強弱など修正する点がたくさん見つかりました。また、他の日本の学生の発表を見て、更に学ぶことも数多くありました。

このような貴重な経験を通して、私の中で変わったと感じられる点が少なからずありました。1つは、「世界を知ること」についての意識変化です。この研修の前に私はカザフスタンという国について少し調べてから参加しました。今の時代、ネットで検索すれば大抵のことは知ることができます。しかし、実際に見て、触れることでしか感じられないことが多くありました。人々の温かさや価値観、街並みにあふれ出る社会的、歴史的背景など本当にたくさんのことを感じ取れたと思います。この研修に参加する前から海外に興味はありましたが、更にその気持ちが強くなりました。特に、今までは思いもよらなかった他の中央アジアの国々にも行ってみたい、そして社会や文化に触れてみたいという思いが強くなりました。もう1つは、「医療に対する視野の広がり」です。私は今まで海外の医療について目を向けたことがありませんでした。地域枠の学生ということもありどうしても日本の、さらに言えば地域の医療に目を向ける機会が多かったのだと思います。今回の研修で、初めて海外の医療現場、教育現場を自分自身の目で見学しました。カザフスタンの医療の良い面と悪い面の両方で、日本と異なる点が多くありましたが、一方で日本と似ていると感じた点も少なからずありました。また、現場の人々と実際に交流し、話を聞いたことで見えてくる日本の医療の問題点もありました。この経験から、より多くの国の医療の現状を見て回りたいと強く思うようになりました。世界を知るということは同時に自分のことも知ることができるチャンスであると思います。将来的には、茨城県で長く働くことになり、海外で研修を受けることは現状では難しいかもしれません。しかし、大学生のうちにたくさんの国の医療現場を見て回ることは絶対に将来の自分に役立つと考えています。だから、これからもこのような機会を積極的に見つけて、参加したい、と思いました。

カザフスタンでの11日間の研修は現地の学生のサポートなしには絶対に成り立たなかったと思っています。初めて会った私たちを心から歓迎してくれたアルファラビカザフ国立大学のみんな、また、その他の医科大学や看護学校、医療従事者の皆様には感謝してもしきれません。カザフスタンの人々の心の温かさには、本当に心を打たれました。いつかまた、絶対にカザフスタンに帰ってきたいと思います。本当にありがとうございました。また、私自身が日本で海外から来た人々をおもてなしできるようになりたいと思います。

最後になりますが、カザフスタン医療視察研修は私の人生においてターニングポイントになり得る、貴重な経験でした。このような貴重な経験をさせていただくために協力してくださった、NipCAプロジェクトの皆様、引率してくれた先生方、そして関わってくださったすべての方々に心から感謝申し上げます。今回学んだことを、繰り返し振り返って、将来に生かします。また、カザフスタンの文化にも定期的に触れ続けていきたいと思います。本当にありがとうございました。