カザフスタン医療視察研修報告書
医学群医学類3年 髙⽯紗楽
1. 研修参加の動機
このプログラムの参加動機は、まずカザフスタンの医療機関を訪問し⽇本とは異なる医療問題や研究分野について学びたいと思ったからです。旧ソ連の核実験による被曝問題や環境汚染、寒暖差の影響による循環器疾患の多さなど⽇本と異なる医療課題があり、現地でしか得られない知⾒があると考えました。また、将来海外で臨床医または研究医として活躍するために、国際的な視野を養いたいと思ったからです。カザフスタンの医療制度や課題を学ぶことで⽇本の医療と⽐較することができ、グローバルな課題について考える機会になります。また、現地の学⽣との交流を通じて⼈脈を築きたいと考えました。さらに、発表や討論の機会を通して⾃⼰成⻑を図り、発表スキルを養いたいと考えたからです。医学英語を実践的に活⽤する機会になり、今後の学習やキャリアに活かせると考えました。
2. カザフスタンでの⽂化体験
・⾷事
カザフスタンの⾷事は⾁料理が豊富で、⾺⾁や⽜⾁を使った素朴な味付けの料理が多かったです。アルマトイに滞在したホテルは朝⾷ビュッフェの種類が充実しており、毎⽇さまざまなカザフ料理を味わうことができました。2⽇⽬の昼、ラクダと⾺のミルクが飲めるお店に連れて⾏ってもらいました。偶然にも、先週⽇本のテレビで紹介されていた場所だったため、実際に訪れることができて感動しました。⾷事では、バウルサック、マンティ、クルダック、ベシュバルマックなどのカザフ料理を味わいました。ラクダのミルクは酸味のあるヨーグルトのような⾵味で美味しかったのですが、⾺のミルクはブルーチーズを濃縮したような強い味わいで、⼀⼝しか飲めませんでした。それでも、とても貴重な経験になりました。


・歴史

カザフスタンは遊牧⽂化が根付いており、街のさまざまな場所でその影響を感じることが出来ます。特に⾺を⼤切にする姿勢が印象的でした。カザフ⺠族はノマドとして暮らし、春・夏・秋・冬ごとにほぼ決まった場所へ移動していきます。カザフスタンでは、⾺はミルクを提供し、移動⼿段としても活躍するため、人々にとってはまるで友達のような存在だという話をカザフ国⽴⼤学の学⽣から伺いました。このように⾺を⼤切にしているため⾺には装飾品をつける習慣があります(写真3)。
3⽇⽬の午後には、アルファラビカザフ国⽴⼤学の図書館を訪れました。そこでは、アルファラビの⽣涯や業績が展⽰されており、カザフの⽂化を伝える装飾品やレプリカも数多く展⽰されていました。アルファラビカザフ国⽴⼤学の学⽣が説明してくれたおかげで、多くのことを学ぶことができ、とても有意義な時間を過ごせました。


写真4、5:カザフ国⽴⼤学図書館に展⽰されていた狼とテュルク⼈の歴史が分かる壁画。狼がテュルク⼈や太陽を生み育てたと⾔われている。

5⽇⽬はアスタナで観光をしました。カザフスタン国⽴博物館では、遊牧⺠の歴史や伝統的な⽣活スタイルを学ぶことが出来ました。テュルク⺠族が勢⼒を拡⼤し、また分裂していった歴史が⾒えて興味深かったです。館内には移動式住居「ユルタ」の展⽰もあり、実際に中に⼊ることが出来ました。内部には多くの織物が飾られており、編み機も⽇本のものとは異なり持ち運びしやすいコンパクトな構造になっていて⾯⽩かったです。ユルタの天井に施された模様は、空港やショッピングモールなどカザフスタンの様々な場所で⽬にすることができ、カザフスタンの人々の遊牧⽂化への強いアイデンティティを感じました。博物館の中で特に印象に残ったのは、1680年に作られた世界地図です(写真5)。驚いたことに、その地図はすでに江⼾、伊予、五島といった⽇本の詳細な地名が記されていました。鎖国時代であったにもかかわらず、どのようにして正確な情報が伝わったのか興味が湧きました。
・政治

5⽇⽬の⼣⾷はナザルバイエフ⼤学の⽇本語クラブのメンバーとの会⾷でした。そのクラブのプレジデントと席が隣だったため、さまざまな興味深い話を聞くことが出来ました。まず、カザフスタンの遊牧⽂化について教えてもらいました。さらに、アスタナでは至る所に元⼤統領ナザルバイエフの名前が付けられている理由についても話を聞きました。これはナザルバイエフ⾃⾝の意思というよりも周囲の忖度によるものであることを知り、それほどまでに強い権⼒を持っていたことを改めて実感しました。現地の学⽣との会話を通して、カザフの⾷⽂化を知るだけでなく、社会の実情をより深く理解することができ、貴重な学びの機会となりました。
・宗教
カザフスタンはイスラム教が信仰されており、モスクを訪れました(写真8~11)。滞在期間中がちょうどラマダンの時期と重なっており、「イフタール」という断⾷明けの⾷事の時間は、特別な雰囲気を感じることが出来ました。⽇本に帰国する⽇はちょうどイラン歴の元⽇で、「ナウルーズ」という伝統的な祭りが催されていたそうですが、残念ながら参加することはできませんでした。


写真8、9:アルマトイのモスク。男⼥で⼊⼝が分かれており、⼥性側は⽐較的⼩さめの造りになっていました。内部では静かに読書をすることもでき、落ち着いた雰囲気が印象的でした。


写真10、11:アスタナのモスク。男⼥で部屋は分かれておらず、同じ空間を利⽤できるようになっていました。内部は美しく装飾されており、荘厳な雰囲気が漂っていました。
3. カザフスタンの医科⼤学・医療機関で学んだこと
・アスフェンディヤロフカザフ国⽴医科⼤学

1⽇⽬にアスフェンディヤロフカザフ国⽴医科⼤学を訪れました。解剖学教室の⾒学では、⽇本では⾒る機会のない胎児の標本を観察することができました。また、実際のご献体ではなく⼈体解剖の模型(写真7)が⽤意されており、筋⾁や神経の⾛⾏が分かりやすく学べる点が興味深かったです。シミュレーションセンターでは、診断や治療をデジタルでシミュレーションできるアプリを体験しました。シナリオに沿って診療を進めると点数が付けられる仕組みになっており、⽇本にも導⼊すれば、より楽しく効果的に学習できるのではないかと感じました。また、アスフェンディヤロフの学⽣の発表を聞き、学⽣のうちから積極的に外部のコミュニティに参加し、活動している姿がとても印象的でした。⾃ら学びの場を広げようとする姿勢に刺激を受けました。

・ナザルバイエフ⼤学
解剖学教室やシミュレーションセンターの⾒学をしました。解剖学教室ではデジタル技術を活⽤した解剖学習のシステムを⾒せてもらいました(写真13)。これは電⼦版アトラスの実物⼤版のようなもので、クイズ機能も備わっており、効率的に学ぶことが出来ます。ご検体の管理には⾼額の費⽤がかかるためコストパフォーマンスの⾯でも優れているそうです。分娩の練習ができるシミュレーター(写真14)や、救急対応の訓練が可能な機器(写真15)もあり、後者は苦しそうに話すことができ、最終的には死亡するシナリオも再現可能とのことでした。


さらに、ナザルバイエフ⼤学の医学教育制度についての発表も聞きました。⽇本では、地域枠の医学⽣は卒後9年間その件に残る義務があることに学⽣たちは驚いていました。⼀⽅、ナザルバイエフ⼤学でも同じような制度がありますが、その期間は3年間と短いことが印象的でした。また、学部⽣のうちから研究する機会があるのかという質問に対し、iGEMなどで優秀な成績を収めるなど、学⽣たちが活発に研究活動を⾏っていることを知り、驚きました。
・アスタナ医科⼤学
7⽇⽬は、アスタナ医科⼤学の⼩児病院を⾒学しました。私は⽇本の病院についてまだ詳しく知らないため、全てが新鮮で驚くことばかりでした。特に印象的だったのは、病院内に幼稚園や学校のような施設が併設されていたことです。⼊院中の⼦供達が学びの機会を得られる環境が整っており、患者の⽣活⽀援にも⼒を⼊れている様⼦がうかがえました。




写真18、19:病院の地下にはギプスを作る場所があり、職⼈たちが実際に作業している様⼦を⾒ることが出来ました。⽇本ではギプス作成が外注されており、こうした光景を⾒ることが出来ないため驚きました。
4. 研修の前後で成⻑したこと
今回の研修を通じてさまざまな⾯で⾃分の成⻑を感じることが出来ました。まず、発表に対する意識の変化です。もともと⼈前で話すことに苦⼿意識を持っていましたが、何回か発表や討論の機会を重ねることで、少しずつ⾃信がついたように感じます。今後も積極的に発表や討論の場に挑戦し、さらにスキルを⾼めていきたいと思いました。
次に、医療に対する意識の変化です。カザフスタンの学⽣たちは、学⽣のうちから研究活動に取り組んでいる学⽣が多く、医学に対する学問的興味の持ち⽅が⽇本とは異なると感じました。また、医師の給料や労働環境が必ずしも良いわけではない中でも、⼈の命を救いたいという強い意志を持って学んでいる姿が印象的でした。当初はカザフスタンの医療は発展途上のイメージを持っていましたが、実際に⼤学やシミュレーションラボなどを訪れると、設備の充実度や学⽣たちのレベルの⾼さに驚かされました。特に、地理的にヨーロッパ諸国やロシア、アジア諸国と近いため、さまざまな国の医療機器を導⼊できている点は興味深かったです。⼀⽅、⽇本は島国であるため、⼤陸国に遅れを取らないように、常に世界に⽬を向ける必要があると感じました。
さらに、カザフスタンの医学教育制度ついての理解も深まりました。特にナザルバイエフ⼤学の医学教育制度は⾮常に優れていると感じました。アメリカのように、⽣物学の知識を学んだ上で医学を学ぶシステムは⽇本の医学教育にも取り⼊れれば、⽇本の研究医不⾜の問題解決にも役に立つ可能性があるのではないかと思いました。
そして、今回の研修で最も大きな変化は、中央アジアへの興味が⼤きく深まったことです。研修前はカザフスタンについて事前に学習はしていたものの、カザフスタンの遊牧⺠の歴史や伝統、⾷⽂化を詳しく知りませんでした。現地での体験を通じで、中央アジアの⽂化や歴史に対する興味が湧き、さらに勉強したいという気持ちになりました。この研修は⾃分の視野を⼤きく広げる重要な機会となりました。
5. 最後に
最後に研修中はアルファラビカザフ国⽴⼤学の学⽣の皆さんに⼤変お世話になり、さまざまな場所に案内していただきました。カザフの⼈々の温かさや親切さに触れ、この国をさらに深く知りたい、また訪れたいと思いました。また本研修にご尽⼒いただいた先⽣⽅のご⽀援があったからこそ、貴重な学びと経験を得ることが出来ました。今回の研修で得た知識や気づきを今後の学びに活かしたいと思います。