カザフスタン医療視察研修報告書
医学群医療科学類3年 吉田崚真
私は、日本とは異なる医療課題を抱えるカザフスタンの医療現場を直接見て学び、グローバルな視点を持つことを目的に本研修に参加した。カザフスタンは、ソ連崩壊後の医療改革を進める一方で、性感染症や人獣共通感染症の流行、寒暖差や食文化による健康課題、医療ツーリズムの発展など、独自の医療事情を抱えている。このような日本とは異なる環境に身を置くことで、現地の学生や医療従事者と議論を重ね、そこで得られた知見を日本の医療にも活かしたいと考えた。また、医療に関する学びだけでなく、カザフスタンの文化や価値観に触れることで、国際的な視野を広げ、異なる背景を持つ人々と相互理解を深めることも重要な目的の一つであった。
実際にカザフスタンに滞在し、最も印象的だったのはその食文化であった。カザフスタンの食事は、日本の食生活とは大きく異なり、野菜よりも肉や炭水化物の割合が圧倒的に多い。特に肉は日本よりも安価に手に入るため、日常的に羊肉や馬肉、牛肉が豊富に使われていた。調理方法としてはシンプルな味付けが主流であり、塩や香辛料を最小限に抑える一方、油を多く使用することで旨味を引き出しているのが特徴的であった。また、飲酒量が多いことも印象的であり、カザフスタンの人々は社交の場で頻繁にアルコールを摂取していた。研修中、カザフスタンの料理は非常に美味しく感じら
れたが、滞在が長くなるにつれて消化器への負担を感じるようになった。この経験を通じて、生活習慣病や癌などの疾病予防の観点から、現地の食文化を尊重しながらも野菜をより積極的に取り入れた健康的な食事を推奨する必要性を認識した。
また、カザフスタンにおける宗教文化の多様性も非常に興味深かった。カザフスタンではイスラム教徒が全人口の約7割を占め、残りの約3割のほとんどがキリスト教徒である。訪問した時期がラマダーン(イスラム教の断食月)と重なっていたため、昼間のレストランは閑散としている一方、日没後には多くの人が食事を楽しんでいる様子が見られた。また、スーパーやレストランのメニューには豚肉がほとんどなく、代わりに馬肉や羊肉が一般的に消費されていた。カザフスタンでは、このように異なる宗教が共存し、互いの文化や習慣を尊重しながら社会が成り立っていることを実感し、多様な価値観を理解することの重要性を再認識した。
カザフスタンの医科大学では、シミュレーション設備が非常に充実しており、学生が実践的な学習を行える環境が整っていることに驚かされた。例えば、Asfendiyarov大学では模擬患者を用いたシミュレーションによる診断・治療のトレーニングが行われており、学生たちは日常的にアウトプットを求められる環境にあった。さらに、Nazarbayev大学では、画面上で解剖を行うことができるモニターを活用した教育が行われており、最新の技術を活かした学習環境が整っていた。日本では、座学が中心となる教育が一般的であるため、これほど実践的な学習環境が整っている点は非常に印象的であり、アウトプットを重視した教育が学生の習熟度向上に寄与していると感じた。また、一部の大学では医学部3年次から臨床実習が始まるため、早い段階から実践的な経験を積むことができる仕組みになっていた。日本でも、こうした教育の仕組みを参考にすることで、より実践的な学びを提供できるのではないかと考えた。
また、カザフスタンの医療制度について学ぶ中で、医師の給与が低いという現状があることを知った。旧ソ連時代および独立後に急速に医師を養成した影響で、医師の数は多いものの、その社会的地位が日本やアメリカほど高くなく、待遇が必ずしも良いとは言えない状況である。このままでは、適正な報酬が支払われないことにより、医療人材の海外流出が進む可能性があり、カザフスタンの医療制度の持続可能性にとって大きな課題となると感じた。
さらに、近年カザフスタンでは国民皆保険制度が導入され、年間約20ドルの保険料を支払えば医療サービスを無料で受けられる仕組みとなっている。しかし、この制度は医療従事者の負担の上に成り立っている側面があり、長期的に持続可能であるか疑問を抱いた。日本のように所得に応じた保険料を設定し、その範囲内で国民に医療サービスを提供する制度の方が、より合理的であると感じた。
この研修を通じて、私は文化や環境の違いを受け入れる寛容性を身につけることができた。カザフスタンでは、日本では考えられないような出来事が日常的に起こった。例えば、交通マナーが非常に荒く、歩行者が車にひかれそうになる場面に何度も遭遇した。さらに、英語がほとんど通じない、空港の荷物検査が厳しい、ホテルのアメニティが十分に補充されないといった、様々な場面で日本との違いを感じた。また、発表の場では、直前になって「時間を短縮してほしい」とお願いされることもあった。当初は戸惑うことも多かったが、一つ一つの出来事を成長の機会と捉え、柔軟に対応することを学んだ。
さらに、現地の学生との交流を通じて、自分の軸をしっかりと持つことの大切さを再認識した。Asfendiyarov大学の学生たちは、学業だけでなくボランティア活動や学生団体での活動にも力を入れており、「なぜそこまで努力するのか?」と尋ねたところ、「家族に誇りを持たせたいから」と答えてくれた。また、Nazarbayev大学の学生は、自分たちの大学の特色や強みを明確に理解し、自信を持って語っていた。この姿を見て、改めて自分自身の学びや研究に対する姿勢を見直す必要があると感じた。今後、進路を決定するにあたり、自分が何を大切にし、どのような道を歩むべきかをしっかりと考え、自分の軸をより強固なものにしていきたい。この研修を通じて得た経験を活かし、今後の研究や活動に積極的に取り組んでいく所存である。