カザフスタン医療視察研修報告書
医学群医学類3年 伊藤功薫
今回、私がこの研修に参加を申し込む最大の動機となったのは、カザフスタンの医療者とのかかわりを通して、カザフスタンという国の文化について知ることに加え、医療の国ごとの差や課題について学びたいと考えたためです。われわれ日本人にとってカザフスタンはなじみの少ない国です。インターネット上でも十分な情報にはアクセスしにくく、その文化的特性や歴史的な背景、昨今の社会問題などは現地に赴くことでしかその詳細を知ることができません。医療の現状となればなおさらです。私は現地でのプレゼンテーマに日本の医療保険制度を選びました。その際カザフとの比較のために、カザフの公的保険制度について調べましたが、政府機関のホームページによる簡単な説明があるのみで、その実態を知るには頼りないものでした。私のカザフへの興味は、こうした経緯もあって非常に強いものとなっていきました。

実際にカザフスタンにきて感じた文化的特徴のひとつは、ソビエトとのつながりです。たとえばアルマトイの街には多くのソビエト時代の建物が今でも残っており、まだ使われているものもあります。また、アスタナにも多くのソ連時代の建物がありました。特に印象的だったのは、川を挟んで片方は古い建物が残り、反対には新しいものが並んでいたことです。また、そうしたソビエト時代からの脱却を図る政策があることも学びました。カザフスタンはそのナショナリティを高めるため、カザフ語教育に力を入れているほか、カザフの民族衣装を着る日を制定するなど、カザフ人としての国民性を意識させるような政策も目立ちます。こうした現状は日本では見られないものであり、カザフスタンが若い国であることや現在置かれている状況を推察できます。

また、アルマトイやアスタナは国際色豊かな土地であり、様々なバックグラウンドを持つ人がいました。最もわかりやすいのは人種的な違いで、カザフ人にルーツを持つ人もいれば、ロシア系の人もいるほか、アジアの多くの国からも人が集まっていました。特に驚いたのは、インド系の留学生の多さです。これは、インド国内での受験競争の過熱によって、インド人留学生がアジアを中心に増えているそうで、カザフスタンもその選択肢の一つのなっているためです。実際、カザフ国立医科大学には多くの留学生がいるそうですが、その半数はインド系の学生だそうです。実際の学生との交流では、カザフ人、エジプト人、インド人、パキスタン人など、様々な背景を持つ学生と交流することができました。こうした状況もあり、カザフの医学教育、あるいは高等教育は様々なニーズにこたえるための幅広い教育システムを構築している印象です。訪問した大学の多くは、カザフ語、ロシア語に加え、英語での教育も提供しています。そのため、学生の多くは流ちょうな英語を話していました。

文化的独立を図ろうとする動きは、医療の中にも見られます。例えば医療保険制度です。ソ連時代は全員無償だったそうですが、独立以後、その制度の維持は難しくなっています。そこで2020年に導入されたのがMSHIです。これによって全国民は公的保険に加入し、国民皆保険が達成されました。保険料は月20ドルほどで、多くの医療は無償で受けることができます。また、保険料は収入の多さによって変化します。しかしながら、このような少額の保険料での制度の維持も厳しいそうで、保険料の増額の議論が行われているそうですが、カザフスタンは国民の経済格差が大きく、特に低所得者層からの反対が根強いようです。この現状は日本と似ています。日本でも、医療費の増大に伴い公的保険の運用が厳しくなっていますし、保険料増額、あるいは自己負担額の引き上げに対して様々な議論が行われています。日本は高齢化などを原因としてそのような問題が起こっていますが、カザフは若い国であり、問題の背景は異なります。しかしながら、日本固有の問題を解決するために、こうした諸外国の現状を知るということは非常に有用であると感じましたし、また、カザフスタンなどの医療制度の発展、成熟のために日本が協力できる点も多いと強く感じました。
こうした医療の類似点は、そのほかの点でも見られます。例えば医師の地域偏在です。カザフスタンは世界9位の国土面積を誇りますが、そのすべてが十分に都市化しているわけではありません。そのため、アルマトイ、アスタナといった都心部には多くの医師がいますが、過疎地域では医師が足りず、大きな問題となっているそうです。カザフの場合、さらに深刻なのは、医師などの技術者がより高いサラリーを求めて海外に流出することです。実際にあった学生の多くも、アメリカ、ヨーロッパなどで働いたり研究したりすることを検討しており、学生の海外志向が非常に強いことを感じました。そうした問題を解決するため、カザフスタンでは学生に対して奨学金を与える代わりに3年間の国内での労働を約束させる制度があるそうです。この制度は非常に手厚く、学費が一切かからないものとなっているほか、月に一定額が国から支給されるそうです。日本でも医師の地域枠制度がありますが、日本の場合は一定額が県から支給されるのみで、さらに9年間の労働が必要になります。また、カザフとの最大の違いは、カザフは国内どこで働くかは学生の自由である一方、日本の場合は奨学金を支給した県の、さらに特定の地域で働く必要があることです。交流した学生にこの話をすると、大きな驚きだったようです。日本の地域枠制度は確かに医師の地域偏在という重要な問題を解決する糸口であることは確かです。一方、その制度設計の妥当性が日本国内でも現在問題になり、ニュースで取り上げられるようになっています。もちろん制度設計の妥当性はその国特有の問題ではありますが、国内のみの議論だけで解決しようとするだけでなく、様々な国の実例を集め、それぞれの利点や欠点を比較することでより良い医療提供体制を整えることもできるだろうと感じました。

こうしたカザフでの体験や学びは、日本では味わうことのできないものでした。例えば、現地でのコミュニケーションは英語で行われました。日本でも英語を習う機会は十分にありますが、英語で生活するという体験はなかなかできるものではありません。加えて、今回交流した学生や先生方は英語を第2、第3言語としています。英語を学ぶという点ではイギリスやアメリカに留学するのがよいのでしょうが、私たちが国際的な交流の場を持つようになった時、会話をする人の多くは英語を第2言語以下にしている人たちでしょう。そういった意味で、今回の研修ではより多くの人とコミュニケーションをとる際にどんなことに気をつけたらいいのか、どんなことが壁になりうるのかということを学ぶことができました。具体的には、お互いに発音のアクセントやイントネーションが違うことや、ボキャブラリーに限りがあることなどがコミュニケーション上の障壁となりました。そのような場面ではお互いに理解しようとする姿勢や、言葉をうまく言い換え、相手に理解できるように努力することが非常に重要であると感じました。こうした体験を通じて、より国際的なコミュニケーションをとるための下地を培えたと感じます。
また、今回の研修を通して強く感じたのは、カザフスタンの学生の優秀さと、キャリアに対する意識の高さです。今回交流した学生たちの多くは研究や課外活動に取り組んでおり、そのレベルも非常に高いものでした。カザフ国立医科大で交流した学生のうちの一人は、まったく異なる分野の3つのリサーチを行い、それぞれカザフ国内のコンペティションで上位に入るなど、非常に精力的に医学を学んでいました。これまでの自分自身と比べた時、自分は彼らのように十分に努力していただろうかと強く反省しました。さらに言えば、彼らのような研究の経験や国際的な舞台に立つ経験を持たずにいることは、将来的な自分のキャリア形成において大きなディスアドバンテージになりかねないという焦りも感じました。私はこの研修に応募する際の志望理由に、「私たち日本の医学生もただ医学を学ぶだけでは、国際化し様々な国がかかわりあう中で急速に発展するだろう医療の世界で後れを取ってしまいかねないと考える」と書きました。カザフに来る前は頭の中でそう考えていただけでしたが、カザフを訪れた後では、それを実際に感じ取り事実として存在するということを知ることができました。そして、この研修の目的には「SDGsの達成と当該地域社会の課題解決に貢献できる人材を育成すること」とありましたが、日本に帰ってからカザフの学生のように努力し、この目的にかなうような医師になる必要性を強く感じました。
この研修を通じた体験は非常に貴重なものであり、感じたこと、学んだことを大切にしながらこれからの学生生活、ひいては医師としてのキャリア形成に生かして行きたいと思います。
最後になりますが、引率してくださった市川先生、小林先生、宗野先生、二ノ宮先生、この研修を計画してくださったNipCAの皆様、そして現地でガイドをしてくれた学生、先生方に感謝申し上げます。ありがとうございました。