筑波大学 社会・国際学群 国際総合学類

小林 岳

 草原の彼方からキャラバンがやってくるのが見える。西から東へ、東から西へ、荷物を満載したラクダやラバと商人の隣を、旅人や巡礼者が急ぐ。旅の終盤、ブラナの塔に登ると、そんな情景が蘇る。彼らはここブラナを西の端とする都市、ベラサグンで荷を下ろし、つかの間の休息を取り、そしてまたここから出発していったのだろう。

ブラナの塔から見渡した景色。かつてはここに都市が広がっていたのだろう

旅を思い返せば、車窓から見たキルギスは色々な表情を持ち合わせていた。首都ビシュケクは、現代的な広告や建物とそこはかとなく旧ソ連の雰囲気を感じさせる要素が溢れている。お洒落な電飾のついた看板を掲げるハンバーガーチェーンや携帯ショップ、カフェの前を行き交うソ連時代から使われているというトロリーバスと雑多な交通状況はその主な例だ。しかし、ビシュケクで感じられるのはそんな都市的な面だけではない。開けた場所でふと遠くを見やれば、そこには雪を被った天山山脈がある。中心地から少しだけ出ると、そこには草原が広がっている。この発展しているビシュケクも、何千、何万年という歴史を見てきた雄大な自然に抱かれた存在なのだ。

市内広場から見える、雪が美しい山脈。

ひとたびビシュケクから足を踏み出せば、ミニバスの心地よい揺れの中で、ガラスの車窓は中央アジアの表情を手取り足取り教えてくれる。右に急峻な天山山脈、左になだらかな丘陵地帯。草原を横切る、朽ちかけた有刺鉄線や監視塔のある国境線。山のカルシウムが溶け出してトルコ石色になった川。水平線が見えるイシク・クル湖。日本とは全く違う空気の中で、黄金色になるまでじっくりスモークされたイシク・クルのマスを買って頬張るのも魅力的だ。

道中、道沿いに多くの墓地を見かけた。ある場所では月のシンボルと故人の写真が使われたもの、別の場所ではロシア正教の特徴的な十字架が地面に差し込まれているだけのもの。街には教会とモスクがそれぞれ堂々と建っている。そのモスクも、ある場所では東アジア的な建築様式であったりする。イスラーム教とロシア正教、二つの大きな宗教が争わずに、それでいて大きな存在感を持っている。そして宗教だけでなく、国旗のマークからもわかるように人々は遊牧民の伝統も重んじている。このような文化の混在した様子を目の当たりにできるのもキルギスの旅の醍醐味だ。

道中見かけた青が美しい大きなモスク。外国の支援を受けて造られたという。
イシク・クル近くのロシア正教の教会。木造で、内部も美しい。

長距離の移動は疲れから眠ってしまうことは多い。しかし、ここキルギスではただ車窓から外を眺めて、この地が語りかけてくる声に耳を傾けてみるのも良いのではないだろうか。その時、遙か昔の旅人と我々は、同じ空間に生きているのである。