2022年6月20日(月)、第35回「中央ユーラシアと日本の未来」公開講演会を開催し、大阪大学大学院人間科学研究科講師の木村友美先生を講師にお招きして、「高所住民の食と健康 ―ヒマラヤ高地ラダックにおけるフィールド調査から」と題する講演をしていただきました。
公衆衛生学がご専門の木村先生は、フィールド栄養学という、フィールド調査を通じて食を地域から見る独自の新しい学問分野を開拓されてもいます。ヒマラヤ高地やニューギニア島西部を主な調査地とし、地域の特性をふまえた食と健康との関連について、特に、人々の食選択の変化と生活習慣病、食をとりまく環境要因に着目した研究をしておられます。
講演の冒頭ではイントロダクションとして「栄養学とは何か」ということを示していただきました。栄養学とは、食べ物を食べてから体の中でどのような代謝が起こるのか、という「食と身体」に注目した学問です。食の背景には、食の根源である自然環境と、食を得るために必要不可欠な流通、および食の選択を構築する社会環境があり、栄養はこれら2つの環境に大きく左右されます。特に現代ではグローバル化に代表される社会環境の変化が大きく、それに応じて食も変化している、とのお話でした。
次に、ヒトが生理的、文化的にどのように高所に適応してきたか、現地で撮影された写真資料を見ながら紹介していただきました。チベット人は彼らの持つ血流を増加させる遺伝子によって高山病にかからない体質を維持しているそうです。一方でこのような体質によって糖尿病リスクが高まるという仮説があり、老化やライフスタイルの変化によって糖尿病患者が増えているとのことでした。さらに、実際にチベット人の食事の写真をお見せいただき、乳製品の加工や農村から入ってくる小麦で作った麺といった食の文化的適応についても紹介していただきました。
木村先生はインド最北部のラダックに加え、都市部レー、農村ドムカルでも調査をされています。現地の食事について調べるため、食の質に関しては「食多様性スコア」という指標を算出することで、量については24時間思い出し法という聞き取り調査によって栄養摂取量を算出することで評価を行われました。レー、ドムカルでは個人の差が大きかったものの、ラダック地域ではエネルギー摂取量と年齢に相関がみられたとのことです。
また、社会環境の変化が健康リスクの増加に関係しており、高地から都市部への移住に伴うライフスタイルの変化、インド政府からのコメ配給による食事内容の変化がその一部の例として考えられるとのことです。長い時間をかけて実現された生理的適応に対して、社会環境の変化はあまりにも短期間で進んでいくため、その適応バランスの拡大が社会問題となっています。食を通じて人の変化をとらえることを社会課題として多分野で取り組む必要がある、という問題提起で講演は終了しました。
講演後には現地での具体的な食生活や幸福度の変化、遺伝子変化による高地への生理的適応について等、多くの質問が寄せられ活発な意見交換が行われ、本講演会は木村先生の開拓されたフィールド栄養学というユニークな分野に関する理解を深めることのできる貴重な機会となりました。