2023年10月5日(木)、第3回「トルクメニスタンとのCOIL型大学教育推進プロジェクト」の一環として、NipCAプロジェクト・コーディネーターの梶山祐治UIAによる、「<映画館>を通して知る日本の文化」というテーマの特別講義が行われました。講義には、アザディ世界言語大学東洋言語学部日本語講座の教員と1~3年生が、Zoomを通して参加しました。

本講義では、映画作品でなく、映画館に注目することでわかる日本文化についての解説が行われました。1903年に日本最初の常設映画館「電気館」は、浅草に1903年に開業し、以後多くの映画館が軒を連ねることになりました。浅草にはもともと演劇場や劇場が多く集まり、1853年開園の日本最古の遊園地である「浅草花やしき」もありました。映画ははじめ芸術というよりは奇術の類と見なされ、日本には鉄砲商人や実業家によってもたらされたこともあり、浅草は最初の映画館が開業するのに相応しい場所だったのです。1930年代はじめまでは、活動弁士と呼ばれる日本独特のサインレント映画をスクリーンの横で解説する職業が人気を博し、観客たちは人気の弁士を目当てに劇場へ駆けつけました。一時は多くの映画館が密集していた浅草ですが、2012年に建物の老朽化が原因で最後の映画館が閉館して以来、この地に映画館はなくなってしまいます。すでに日本に入ってきてから120年以上にもなる映画と映画館の歴史を通して、私たちは日本の文化についても多くのことを学ぶことができます。

現在、日本の映画館は、シネコン(シネマコンプレックス)とミニシアターの二つに大きく大別することができます。人気作や話題作を中心に上映する前者と、そういった枠組みには収まらない優れた作品を上映する後者は、一見対照的な存在です。ただし、シネコンで上映された作品が時間が経つとミニシアターで上映され、あるいは最初ミニシアターで上映されていた作品が話題となってシネコンで広く上映されるようになることもあるなど、相互に関連しながら日本の映画文化を担っている側面もあります。

講義の後半では、日本では独自の文化を形成しているミニシアター文化について、豊富な写真を交えながら紹介されました。歴史が古いものとしては、1905年に開業した奇席を前身とする埼玉県の川越スカラ座や、1911年に開館し、現在では歴史ある建物を目当てに観光客も訪れる新潟県の高田世界館などがあります。大分県の玉津東天紅や埼玉県の深谷シネマは、もともと映画館でなかった建物を改装してつくられたミニシアターの例です。玉津東天紅はパン屋、深谷シネマは酒蔵でした。北海道と沖縄県にあるミニシアターの例も興味深いものでした。台風の多い沖縄では石造りの家が珍しくありませんが、首里劇場も頑丈なつくりとなっている点が特徴的です。残念ながらこの劇場は、2022年に閉館してしまいました。北海道の大黒座は、1911に開館した同県では現存する最古の映画館です。

ミニシアターの経営は厳しく、地方では観客がひとりもいない上映回も珍しくはありません。クリーニング店など本業を営みながら映画館の赤字を埋めたり、市民団体のサポートを受けているミニシアターもあります。経営者側も不断の努力を続け、また観客に愛されながら、地方ではミニシアターが文化振興の役割も担っていることも重要です。それは、観光客が訪れる高田世界館や映画館のある一画が観光エリアになっている深谷シネマのように、町おこしに結びついていることもあります。そしてこうしたミニシアターのスクリーンでは、日本や世界の社会問題を映し出した様々な作品が毎日かけられているのです。

講義の最後の質疑応答の時間では、初めて知る日本のミニシアターの存在に感銘を受けた聴講者から、たくさんの質問やコメントが寄せられました。筑波大学の授業をオンラインにて提供する「トルクメニスタンとのCOIL型大学教育推進プロジェクト」は、今後も継続して開催していく予定です。